「マイストーリー」
こちらのページでは、私(畑岡 聡)のストーリーを書きなさいということなので僭越ながら語らせていただきます。というかこんなページまで、目を通していただいてありがとうございます。せっかくなのでちゃんと書きましょう。
私は、島根県浜田市に1997年に生まれました。ぎりぎりZ世代と呼ばれてる世代かもしれないですね。私は小さいころより父親ゆずりか、ものづくりに興味が豊富で、ことあるごとにいろんな物を作っていました。今でも幼稚園時代に使っていた床を埋め尽くすほどの大量のレゴブロックが自宅にとってあります。
小さい頃のものづくりというとやはり世界こども美術館に作品を展示していただいていたことが大きかったでしょう。世界こども美術館では、夏休みの工作を「アンデパンダン展」という形で応募を募り展示するといったことを毎年行っていました。私は確か小学3年生ごろより「ビー玉転がし」なる作品を作りました。この作品が非常に好評でそれ以降6年生まで毎年作品を作り続け、6年生の作品では自らの身長と同じサイズになるほどでした。
と、なんだかまじめな文章が続きましたね。もう少しスピードアップしていきましょうか。
中学では、浜田第一中学校で器械体操をしていました。同級生にも恵まれまあ楽しかったですね。この浅さだと同級生に怒られそうですが次にいきます(笑)
高校では、江津工業高等学校 建築科に進学し建築について学びました。ここでは、持ち前の「ものづくり」の能力を存分に育み計画から施工、図面引きに実技などより詳細なことを学んだと思います。今でもJWCADなどは使いますからね。
この時は、授業だけでなく生徒会にボート部、ものづくりコンテストに、人数が足りないといことでサッカー、施工管理学科試験なんかもやったりと月に1日休みがないほどでしたね。仕事が始まってから週一日以上休みがあるとか多いななんて思ったのは懐かしいかぎりです。
高校卒業後は、とその前に遊び関係についても触れていきましょうか。案外こっちの方が重要だったりします。
遊びと言いましたら、私はやはりゲームをすることが多かったですね。やっていたゲームというと多様にあるのですが、やはり大きかったのはモンスターハンターフロンティア(MHF)かと思います。
MHFは携帯ゲーム機ではなく、パソコンを使用して行うネットゲームでした。当然月額かかるゲームです。このゲームを中学からはじめ1年くらいやってたような気がします。この時に自分用のパソコンを買い、データのダウンロードやキーボード入力などパソコンでは必須の能力をかなり学んだ記憶があります。
現在でもパソコンがないと生活ができないほどそれ以降パソコンを使い続けています。パソコン周りにかけている金額が恐ろしいことになるくらいには。このころにはモンスターハンターの武器を実際に作ってみたりとすでにコスプレ間際なことはやっていましたね。
他には、高校の時始まったスプラトゥーンですね。このゲームにはもう沼から抜けられずトータル3000時間ほど遊び現在も時間を更新中です。スプラトゥーン甲子園(任天堂公式大会)にも数回参加するくらいにはやってました。
遊び関係はこのくらいにして、高校卒業後に行きましょう。
高校卒業後は、埼玉に営業所を置く建設業社に入社しました。まあなんと創業者が江津工業高校卒業された方ということで立派な会社があるものです。
内容は大手ゼネコンの一次下請けで、鳶・土工事 を行う会社です。大きいところでは選手村の建設工事や中野区と品川区で600戸近いマンション工事などに入ったのは記憶に残っています。
現場作業から、現場管理、請求業務に支払い勘定、祝日にはゴルフを行ったりとなかなかに時間を使いまして業務から遊びと行っておりました。それでも、島根には無い超大規模建設現場に世界を相手にした制作やイベント、サバイバルゲームなんかも始め、得て経験して感じたことはかなりのものではないかと思います。
さてそんな充実した高校卒業後7年間を過ごした後、どうして島根にUターンしたのか、といいますと「新しいことが始めたかった」なんて言えば読み手に優しいですかね。まあメガティブな理由から言えば「飽きた」というのが一番近いかもしれません。東京での暮らしは様々な新しい経験をもたらしてくれましたが、5年目辺りから大きな新しいことは特になかったと思います。ちょうど2020年オリンピックが終わったあたりからです。
そこで、この際地元に戻ってまた違った「世界線」を歩もうと思いました。東京の会社は、まあかなり困ったと思いますけれどいる人で頑張ってもらいましょう。
地元、島根県浜田市に戻ってからは父のやっている建具工事を行う建設業を手伝う日々が始まろうかとしていましたが、やり始めてすぐある問題が発生しました。
物語の節目みたいな切り方で自分で笑ってしましました。
問題といいましてもそう大きなものではないこととは思いますが、具体的にお話ししますと「中学生のころに器械体操で首の怪我をした後遺症が再燃し、力仕事や下を向いた作業が困難である」といったところですね。まあ書いてる私にしかわからないことではありますが足元を向いたり、肩に力を入れる作業が痛くて難しいということです。
一応、Uターン後は比較的時間に余裕があったのでMRIやレントゲン等かなり検査したのですが、原因不明の健康そのものと診断されまして改善にはどうしたものかという感じになっております。
その上、地元では人口減少に伴い建設業の需要も少なく同じ会社を続けていけるのかといった抜本的な問題もありました。同じ地元の企業であれば同じ問題を抱えているのではないでしょうか。
そこで、田舎でも出来て世界を相手にできることで、私の得意なパソコンとものづくりを掛け合わせてできないかと考えたことが、このホームページを作ることにもなった「3D工房」です。
「3D工房」とは、中学生より使ってきたパソコンを用いた技術、そして建築・建設業で学んだ図面作成の技術、さらには私が趣味で行っていたものづくりを最大限に生かせることではないかと思い始めたプロジェクトです。
制作物については他のページに様々書いてあるので細かなことは書きませんが、とにかく「自由自在なものが作れる」ということです。こんなものが欲しい、これと同じものが欲しいという細かな対応を随時していくことが、田舎で出来て、世界を相手に行ってなお、大手のあまり介入しない仕事になればいいなと思い日々取り組んでおります。
現在は3Dプリント製品がメインではありますが、2Dのイラストや3Dのキャラクターモデリングなども行います。また、仮想通貨や最近話題のチャットGPTやイラスト生成AI、さらには合成音声界隈、VR界隈、トラッキングなどにも少しずつ手を出しているので、今後はまた違った方向にもやっていきたいなと思っています。
説明する能力とかもどうやら高いらしいので公演家的なのも面白そうなんて感じてます。
ながらく読んでいただきありがとうございます。今後の活躍をご期待ください。
2023年9月28日 畑岡 聡